乳がん術後の2年目検診

ずいぶんと久しぶりの日記(というか乳がんの記録)になってしまった。

前回の日記が2025年6月で乳がん術後の1年目検診の記録だった。

左胸全摘からは2年、インプラント(シリコン)を入れる手術からは1年5か月くらい経ちました。

前回の日記から今日までの間も定期的に乳腺外科と形成外科に通い、検査等してきましたが、6月16日の2年目検診で血液検査(採血1回でできたので、担当してくれた方、めちゃくちゃ褒めまくった)も腫瘍マーカーもマンモグラフィー(機械の調子が悪くて、2回ほど多く挟んで痛い思いをした)もエコー検査も問題なく、再発率が高いと言われている3年のうち2年が経過しました。

去年、1年目の検診を受ける時は、検査日の1か月前くらいから情緒不安定だったけど、今年の情緒不安定さはさほどでもなかったと思う。

これだけ定期的に検査しているから大丈夫という謎の安心感を持ってしまったのか。これでまた病気になったりしたら、ショック倍増になるので、ちょっと気を引き締めようと思います。

 

体調はと言えば、以前の日記にも書いたけど、薬で生理を止めているので更年期障害(ホットフラッシュ)が出ており、睡眠は小刻みのままで、毎日お風呂場で見る左胸に複雑な気持ちになっていたのが蓄積されて、この冬はもうとにかく気分がダメになっていた。形成外科の主治医の代替が男性医師に代わって、何だかやりにくそうに胸をチェックするんだけど、左胸の位置がちょっとずれていると言われたのもそれに追い打ちをかけた。ずれてもどうにもすることができないんだから、何も言わないで欲しかった。

ネガティブな気持ちが溜まりすぎて、これはダメな状況だと思って、夫に「冬季うつです!」と伝えた。

通常より気分の浮き沈みがあるのと何もやりたくない、動きたくても動けない状態になる時が明らかに増えた。夫には「どうしようもできない」と言われたんだけど、どうにかして欲しくて言ったわけではなくて、やりたくてもできない状態なので、ご飯作りたくないとか、中々動かないとか、義母のデイサービスの請求書等の書類が片付けできないとか、冬季うつならしょうがないと思ってもらえればそれで良いと思っての宣言だった。

とにかく私の場合は在宅勤務なのも相まって、寒いからと用事がない日は夕飯などの買い物以外は全く外に出ず、やる気も出ないし、動きたくないし、その結果太ってはいけないのに太ってしまい、自己嫌悪でさらに鬱々とした気分になったり。

ようやく冬が終わってやっとあったかくなってきて、ジム通いをまた始めようと思ったら、誕生日(5月7日)に謎の高熱、すぐに良くなって日曜日にフェスへ行ってぶり返し、良くなっては遊びに行ってしまいぶり返し…咳だけずっと残って、1か月以上苦しむことになった。

本当は乳がん術後の2年目検診までには少しは瘦せていたかった。

結局、乳腺外科の主治医にも「冬場はうつ状態だった。太った。また最近運動を始めた(検査日の1週間前くらいからスクワット始めました)」と伝えたら、「冬場はしょうがないよ。ご飯はちゃんと食べられていたの? 食べられてるなら良かった」となんだかやさしい会話の流れで痩せようね~痩せるね〜となった。(7月にキラキラアイドルの5周年ツアーライブに行くので、絶対痩せる!!という気持ちです!!)

他に何か困ってることとかある?って聞かれて、「左胸の皮の内側とシリコンが擦れて痛いから、今すぐではないけれどシリコンを取りたい」と答えた。

せっかく1年かけて左胸にポケットを作って、そこにシリコンを入れたのに、その全てをひっくり返す相談だという自覚はある。

地味に痛いのが続いているのと劣化して取り除く可能性を考えて、年老いた時に取るよりは今の内に取り除いてもいいのではないか、シリコンを入れたからこそ左胸はなくてもいいという結論に至ってしまった。

主治医からは、自家組織に入れ替えてはどうかという提案があったけど、再建の選択肢として、自家組織は右胸とサイズを合わせるから、胸が大きいので無理って話だったし、左胸の皮、シリコンに合わせて切ってるんだよね。その左胸のサイズに右胸を合わせるってかなり痩せないと無理なのでは?

形成外科の次の受診日は来年2月でまだ先だけど、手術してくれた主治医が育休から戻ってくるはず。左胸を頑張って作ってくれたから言いにくいけど、相談して、結論を出したい。

 

あとは、こうやって公表していることについて…。

病気になった話って、話す機会のない話で、乳がんも女性は9人に1人って言われているけれど、私の周囲に乳がんになった方は家族、親戚含めて誰もいないなーと思っていた。わざわざ言う必要もないから、誰がどうとかはわからないよね。

何となく病気になったっぽいことをSNSに投稿していても病名まで書いている人っていないようだし、わざわざ書く必要もないしね。

TVやインターネットの中に同じ病気の人がいてもどこか現実感がなかったけど私が公表した時に、実は私も、もしくは家族が…なんて話してくれた人が何人かいて、その時にはっきりと病気になっているのは自分だけじゃないんだっていう気持ちになれた。

もしかしたら、私と同じように思う人がいるかもしれない。

自分や家族が病気になった時に気軽に話せる人、相談ではなくただ話を聞いてもらいたいとか、こういう症状出てます?とか、入院した時に何持っていきました?とか、気軽じゃなくて、ちょっと重い話しをしても大丈夫な人、いたらいいかな~欲しいかな~それならここにいますよ~っていう。病気は誰かに支えてもらったり、誰かを支えたり、心がどうしたって疲弊するので、話していて何かしら共通項が見つかると自分だけじゃないって孤独さが少しでも紛れるかもしれない。

会った時にそっと話しかけてもらってもいいし、連絡してくれてもいいし。周囲に1人くらいこういうおばさんがいてもいいでしょ?

乳がん術後の1年目検診

去年の4月に左乳房全摘出術から1年目の検診で乳腺外科へ。

この日は血液検査(腫瘍マーカー)、マンモグラフィー、エコー検査、ホルモン療法のための半年に1度の注射と飲み薬の処方箋をもらう。書き出してみると盛りだくさんな感じがするな。

血液検査が厄介で、結果が出るまで1時間くらいかかるので、診察の予約より早めに行って採血してもらわないといけない。40分前くらいに到着して、すぐに血液検査の受付へ。

毎度血管が細くて全然見つからないが、今回も担当の方が血管を見つけられず、他の人に代わり、どこで採血するか迷いに迷って、ここで採ったことありますか? あまりないです。のやり取りをしつつ、1回で採血成功してくれた。幸先いいなと思ったけど、血管を探すのに20分くらいかかってしまった。採血してくれる人には時間をかけさせてしまい申し訳ないが、何回も採血チャレンジされるよりは本当にありがたい。

採血が終わって、マンモグラフィーの検査室へ。手術室がある棟なので、色々と思い出しながら、向かった。

マンモグラフィー、やったことある人はわかるはず、めちゃくちゃ痛い。左胸はインプラントが入っているので、もちろん右胸だけだったけど、こんなに痛かったっけ?と思うほど。右胸を挟んで、はいそのままで! って2~3分もかかっていないだろうけど、ずっと小声で痛い痛い言ってしまった。

あとはエコーだけの状態で診察待ち、病院内のカフェでアイスモカを買って、診察室の前で待機する。予約は10時だったけど、血液検査の結果が出なかったため、40~50分待たされることに。

いつ呼ばれるのか全く分からなかったので、診察室の前にあるイスでとにかく待った。我が家と同じ年代くらいのご夫婦が診察に来ているのを見て、去年は検査結果を聞きに夫婦で来たなぁ、手術で取り除く範囲のMRIの検査結果が本人が見える形で渡されて、見てしまった自分が悪かったのか、広範囲にがんが広がっている画像を見た時のショックを思い出す。検査結果を間違えないようにするために患者自身に持たせるんだろうけど、やめた方がいい気がするけど、どうなんだろうか?

やっと診察室に入ると主治医から変わったことなどないか聞かれ、左胸のインプラントの状態もよいし、血液検査(腫瘍マーカー)もマンモグラフィーも異常は見られなかったことを聞かされた。エコー検査も同様に異常は見られなかった。

左胸は中身はなくなったけど、皮膚に再発することがあるらしく、自分でも定期的にチェックするように言われた。右胸はお胸が大きいので、自分でしこりとか見つけるのは難しそうですねと言われる。久しぶりにお胸が大きいのでというフレーズ聞いたなぁ。

気にしていないように見えるのか、3年は再発率が高いから、気を付けるように何度も言われてしまった。まぁ、全然痩せないどころか去年からだいぶ太りましたしね…。

アイスカフェモカが飲み切れず、持ったまま診察室に入って、「それ何ですか?」って聞かれた時、太ったから怒られるのかと思ったら、「美味しそうだから、私も飲みたい」って言われてずっこけそうになったけど、主治医が相変わらずでほっとした。

形成外科にどのくらいの頻度で通っているかの話から、形成外科の主治医が休業されている話をしたところ、お子さんが産まれたそう! 休業の理由までは聞けなかったので、おめでたい理由で良かった。

検査結果も異状なく、おめでたい話も聞けて、お昼に美味しいいうどんを食べに行ったり、充実した1日になったのでした。

二期再建(インプラント入れ替え)後の定期健診

術後3か月後目の定期健診で形成外科へ。
前回の術後1か月目の定期健診の時に主治医が休業するため、男性医師に代わりますとのことだったので、今までの診察とそんなに変わらないと思っていた。

予想していた落ち着きのある男性医師(去年に手術時にどこを切るか油性ペンで書いてくれた方)ではなく、やや若い男性医師だった。

今までは、上半身裸になって胸の位置や触診でずれてないかなど確認してくれていたのに、手術した箇所だけ見えるようにしてもらえればいいですと…。

塗った個所に異常がないかだけ見るスタイルだった。

あとずーっとしゃべり続けるスタイルだった。

どういうテンションで診察してるのか…。

気になることとかありますか?と聞かれたので、とにかくずれるのが怖くて運動もあまりする気にならない日々が続いていたけど、そろそろ運動しても大丈夫か聞いてみた。

乗馬みたいなずっと胸に上下の振動がある運動だけは避けた方がよいとのことだった。

どんな運動するときも胸、揺れるんだけどな…と思って、運動するときは胸帯でおさえた方がいいんじゃないかと相談してみたけど、自分が気になるならしたらよいという話で終わった。

次の形成外科は術後6か月目の定期健診、実際は9月に受診するので、術後8か月後くらいにあたる。術後時間が経つ度に左胸の位置が下がるんじゃないかと不安がある。

美容整形ではないし、とりあえずそこそこいい感じに作ってもらっているのはわかるけど、次回は胸の位置とか見るだけ見て欲しいなぁと思う日だった。

手術後初めての帰省とずっと続いている更年期症状について

2025/04/17

手術後初めて帰省した日

母と電話する度に帰省するか両親が東京に来るかの話が何度か出ていたので、暖かくなってきたことだしと重い腰を上げて、年始以来の帰省をすることになった。

父も母も相変わらず元気だし、実家ですることなんてほとんどないし、ビデオ通話でお互いの顔は見ている。とはいえ、1月の手術当日にこちらからは全然連絡していなくて、父から家族のグループ宛LINEに夕方連絡が来て、夫婦であっ!ってなったのだった。

私はとりあえず手術が終わって数時間はベッドから動かないようにしなきゃだし、夫も想定外の出来事が起こった(手術室まで呼ばれたり)ので、実家への連絡が滞ってしまった。「俺が連絡しなきゃいけなかったのか…」と夫が漏らしていたけど、私も忘れてたよ。

左胸の中身を入れ替えるだけだからと思っていたけど、入院も大きなけがや手術なんかもほとんど無縁の70歳過ぎの夫婦には何であれ”入院・手術”というだけでかなり心配をかけたんだろうなと今になって思う。

帰省当日は住んでいるマンションの各戸の排水管清掃があったので、昼過ぎから高速バスで移動して、最寄り駅まで車で迎えに来てもらって、スーパーに買い物へ。

母の誕生日が近かったこともあって、外食でもと思ったけど、そういうの大丈夫なんで! みたいな空気感だったので、この日の夕飯はお惣菜を色々買って食べることになった。

実家に着いて、伝えてはいたけど、1月の入院とどういう風な手術をしたのか話したりしていたら、父が「今どきの癌は死なないみたいだな」と前と同じ話題を振ってきたので、癌と言っても症状は人ぞれぞれで、気づかずに手遅れになる場合もあるし、取り除いても再発する可能性や治療期間が長いことなど話したりした。

少し神妙な顔をした父が「お父さんは今年74歳で80歳まであと6年だから、それまでは頑張んな」って言ってきたのでびっくりした。去年、乳がんが見つかるのが遅かったら、先に死んでいたかもねという話はしたことがあったが、改めて親よりも先に死なないで欲しいということを言われてはいなかった。私は「うん」と返した。

父の尊敬できるところは、趣味だったり、資格の勉強だったり、健康のためのダイエットだったり、適当に生きているようで、そこはストイックなのね、というところが父にはある。そんな父が80歳で人生を終えるとは到底思えない。

まぁ、夫にも先に死なないでって言われているので、そうなれればいいなぁと思う。

手術した左胸は、今回はここからここまで切って、主治医と相談して位置を調整したんだよって説明しながら母に見せた。今回はこの先長ければ10数年は手術はないだろうからか、縫合もきれいにされているので。それを見て安心したようだった。話すより見た方が早いので、見せられて良かった。

やっと1月の手術が一区切りついたなと思う帰省になった。

 

ずっと続いている更年期症状について

夏場は冷房があるからホットフラッシュ(のぼせ)はじんわりときたなーという感じだったが、春先の暖かい外を歩いてからの店内が暖かいお店に入ると汗がぶわっとでてきて止まらないというのを体験した。去年の6月に薬で生理を止めてから、一番ホットフラッシュがツラい時期なのかも。

睡眠時間も相変わらず小刻みで、寝てすっきりと起きると30分~1時間しか経っていない。その後2時間おきくらいに目を覚ます。こんな状態なので、日中起きている時間の集中力が明らかに減ったと感じる。何をやるにしてもまず自分で気合を入れてやるぞ!と思ってから、ちょっとやって、止まって…というのを繰り返す。睡眠不足はマジでヤバい。対策としては、少し寒いくらいの格好で寝るといいことがわかってきた。

ちょっとずつ睡眠が改善されている気がするので、このまま頑張ろうと思う日々なのでした。

 

2月の通院の記録と3月の自戒を込めた備忘録

前回から間があきすぎてしまったので、備忘録的に2月の通院の記録と3月の自戒を込めて…。

 

2025/02/19

入院中に処方できる日数に限りがあったため、処方箋をもらうため乳腺外科へ。

主治医、多分他の病院から来てくれているのか、入院中に普通に(半年分)処方できると思っていたらしく、当初予定していた入院中に診察して処方では、最低限の日数しか処方できないからと急遽予定が変わり、退院後に診察となった。

処方だけだったので、1年検診で血液検査とエコーはやろうねって説明を受けて終了した。完治する病気ではないので、再発しないことを願うしかないし、昨年の検査が続いて乳がんがわかった時、手術を受けた時を思い出して、情緒不安定になってしまった日だった。

 

2025/02/28

1月末の手術から1か月検診のため、形成外科へ。

皮膚の状態やシリコンがずれていないことを確認して、まだずれる可能性があるから、運動はストレッチとかにしておくように言われる。

この日、主治医が休業することになったので、次の診察は別の医師になる旨が告げられる。青天の霹靂だった。ずっと主治医が変わらないことはないだろうとは思っていたけど、とにかくびっくりした。

しかも次の主治医、男性医師になるとのことで、大丈夫ですか? と確認された。

昨年の入院時、男性医師3人で巡回してきた時に退院日を早めるのは難しいと言われた。女性医師の方が肝が据わっているというか、おおらかなのか、退院日を早めるの全然問題ないですって感じで、温度差がすごかった。性別で診察して欲しい、診察して欲しくないとは思わないので問題はないけれど、ちょっとした判断に性別がかかわるのかもしれないと思う出来事だった。

今の主治医と同じくらいの判断をしてくれる人だと楽なんだよなぁと思う。ただの相性の話かもしれない。いい意味で適当な感じで楽だったので、次の3か月後検診は少し憂鬱になってしまった。

 

2025/03

3月は、乳腺外科も形成外科も通院なし。

3月末に恒例のお花見があり、午前中から飲酒、ちょっと酔っている状態で渋谷で3件、知り合いがいるからと挨拶しに行って、泥酔、帰宅後畳の上で寝てしまう。この次の週も同じく泥酔して帰宅、畳の上で寝てしまい、ずっと体調管理を気をつけていたのに、風邪? 免疫力が急降下して花粉症が悪化? してしまった。反省…。

どちらの主治医からもお酒はいいけど酩酊はダメって言われているのに、ちょっと気持ちが緩んでしまった。左胸、ぶつけたりして破損したらまた手術になってしまうので、本当に気をつけねばならない。あと肝臓の数値がちょっと高いので、さらに上がってしまうと薬が変更になる可能性が出てきてしまう。

全然反省していないように見えるかもしれないけど、楽しくなって飲むお酒はいいと思うんだよね。お酒を飲むこと自体はいいんだよ。あくまでも酒量に気をつけて、お酒がはいっていなくてもケガに気をつけて、楽しく暮らしていきたいなぁ。。

手術後の日々(2025/01/29〜02/03)

2025/01/29

術後、点滴したり、痛かったりで、手術着のままだったので、朝になってやっと自分のパジャマに着替えた。

前回は手術翌日に看護師さん(ドジっ子)が髪の毛を洗ってくれたんだけど、今回は朝の検温の時に洗髪するか聞かれなかったので、体だけ拭いてもらうことにした。前回の手術翌日に見たへちゃってなっていた左胸を思い出して嫌な気持ちになりつつ、術後初めて左胸を見た。位置が上になっていて、おぉーっとなったが、胸の谷間はやはり皮がよれて2つできてしまっていた。

想像するつくられた胸って、もっとぱっと見では偽物かわからない乳なんだけど、それはただの豊胸のイメージであって、そもそも中身を全部取ったところに人工物だけを詰めているから、理想通りの形にはならない。それでもティッシュ・エキスパンダーを入れていた時よりも違和感は減ってはいると思う。この先何事も起きなければ、長くて10数年はこの左胸と付き合うことになる。脂肪注入とかで形を整える人もいるようだけど、この歳でそこまでする必要もないし、まぁ、こんなもんよねという気持ちで少しがっかりしたけど、おやつに前日に夫が差し入れしてくれた八天堂の限定あんバターは美味しかった。

 

2025/01/30

朝の回診で排出液の色も量も大丈夫そうとのことで、ドレーンを抜去する話になった。ドレーンをつけたまま退院だと思っていたので、嬉しかった。退院予定日が1日早くなり、1/31に退院することになった。

そしてこの日は、術後の朝晩の点滴が終わる日だった。前回と同じく血管が細いからなのか、点滴が入っていかないため、再度点滴の針を刺し直すことに…。嫌な予感しかないし、前回は2回刺し直ししたので、あと朝晩の2回だったのにねと看護師さんも残念がっていた。

点滴の針の刺し直し…担当してくれた看護師さんに2回失敗された(これを書いている現在、3週間経つのにまだ内出血している)。さすがに3回目は無理と判断してくれて、「先輩を召喚するので、ちょっと待ってください」って去っていって、先輩1人目が血管を探すも「ちょっと待っててください」とさらに上の先輩が登場した。さすがに1回で成功してくれて、担当の看護師さんが戻ってきて、確認して、勉強になった様子だった。

この日は夕方の点滴が終わり、あんなに苦労した点滴の針も抜いてもらった。右腕が自由になったので、夫に手伝ってもらいながら、髪の毛洗ったり、下半身だけシャワー浴をしたりした。

 

2025/01/31

ドレーン抜去のため、朝一で形成外科へ。 この日のパジャマの柄が 劇場版ドラえもんに出てくる色んなキャラの顔がプリンとされていて、主治医が「ドラえもんですか? 見たことないキャラクターもいる」って興味津々になり、同席していた研修医の男性医師がキャラクター名言ったり、なんだか和やかな雰囲気で診察が進む。ドレーンの量を確認して、予定通り抜去しましょうとなった。すごく不思議なんだけど、身体のそこそこ奥の方に入っているのに、抜く時に引っかかるみたいな違和感はあるけど全く痛くない。

病室に戻って退院準備の荷造りしていると何だか騒がしい。4人部屋の内2人が転院、1人は部屋を移動、私がいた部屋が女性部屋から男性部屋に変更されるらしく、私がいることで準備が進まないらしい。大きい声でどうするの?って話が聞こえてきていたたまれない。私の退院は夫が迎えに来られる15時予定だった。

急遽、空いている個室に移された。数時間だけど、個室を堪能しつつ、無事に退院した。

 

2025/02/03

抜糸のため、病院へ。キズパワーパッドみたいなのが縫った上に貼られていて、かぶれてしまっていた。痒み止めの処方しますねって話しながら、剥がして抜糸を終えた。

退院して、していいことやダメなこと、生活で注意しなければならないことを色々と確認させてもらった。とにかく事前の説明があったことに関しては、全てが前倒しでOKだった。

まずはドレーンの穴、塞がっているから湯船に浸かっても良い。(2週間程度で徐々に塞がると言われていたので、さすがに早すぎではと抜去後10日くらいしてから湯船に浸かった)

胸帯ももう外して良い。(1か月くらいつけると聞いていたし、つける方が楽なので、外出時はつけたりしていた)

左腕は、真上にあげても良いし、徐々に重たいものを持っても良しとのことだった。痛みやだるさが出てきたら、休めること。

創部については、次の手術は10数年後になるだろうから、きれいに治るようにと傷口を保護するテープ(上から薬もぬれる)をすすめられ、6か月くらい貼ることに。貼りっぱなしで週1回貼り替えればよいが、いかんせん粘着力がありすぎて、お風呂でふやかしたり、ベビーオイルを塗って剥がしやすくしないと剥がれない。初めての貼り替え時、お風呂上がりだったからそのまま剥がせるんじゃないかと思ったけど、やや無理に剥がすことになったし、痛かった。1週間貼りっぱなしにできるだけある。

シリコンは入っているだけなので、ずれることがないようにしばらくは激しい運動は絶対禁止となった。期間は言われなかったから、調べてみたところ6か月くらいで被膜ができて動かなくなるらしい。(インターネット調べ)

それまでは、左胸を守って日々を過ごすことになる。ティッシュ・エキスパンダーを入れていた間もずっと気の抜けない生活だったし、被膜ができましたってなっても、多分、無意識に左胸をかばって生活することになりそうで、先々を考えてしまうと心身共に少し疲れちゃうなぁと思ってしまう。皮膚のひきつれた痛みや人工物を入れている違和感も減った気はするが、完全にはなくならなかった。

一先ずは形成外科は2月末の1か月検診で何事もなければ良いなぁ。

二期再建のため入院して手術をした日(2025/01/27〜28)

2025/01/27入院当日

今回は、前回と違って、最初からドレーンが取れなくてもつけたまま退院することにした。入院期間は長くても1週間くらいと先が見えていることもあり、前回の入院経験も活かして持ち物の準備は何とかなったし、今回は、面会時間が20時まで(前回は16時まで)になったので、夫に欲しいものリストを送れば持ってきてもらえるから、忘れ物があっても問題ない。

午前中に入院用の窓口で受付して、前回と同じ病棟同じ階へ。

今回も退院予定の方がまだ部屋にいるらしくて準備のために談話スペースで待機する。

いざ部屋へ行くと電動ベッドだった!! 前回は横に寝てしまうと痛くて、ずっと上半身を起こした状態にしていたけど、手動ベッドを自分で微調整するのが中々キツい作業だったので、すごく嬉しかった。

あとは前回の教訓(窓際だと自分で窓を開けられるし、外が見えた方が気持ち的に良い)を活かし、窓際のベッドにしてもらった。景観が良い立地ではないけれど、大きな窓から外が見えると見えないのでは、気分が全然違う。差額ベッド代1日約3,000円は地味に厳しいが、払う価値はあった。

小さなお友達からもらったお手紙とお守りを棚に置いて、ぬいぐるみをベッドに並べ、持ってきたものを配置した。

この日は形成外科の主治医の診察と麻酔科の説明を受ければ、他にやることはない。

形成外科の主治医の診察は、手術箇所の確認とマーキング、麻酔科では、手術前の検査数値も問題ないとのことで、全身麻酔の説明を受けて書類にサイン後、看護師さんが手術当日の流れを説明してくれた。

この看護師さん、とにかくテンション高すぎの方で「前回の手術の時からずっと禁煙されてますか? 私も以前吸ってたけど、いいことないんで、もうこのままやめちゃいましょ!」って勢いよく喋るタイプの方で、かなりインパクト強めだった。

翌日の手術にもいますとの話だったんだけど、いなかった。仕事はしっかりしてるのかもしれないけど、テンション高すぎの看護師さんが手術についてくれるの、ちょっと怖かったんで、それはそれで良かったなと思ってしまった。

夕飯を食べて、シャワーを浴びて、そうこうしているうちに夫が来てくれたので、麻酔科の看護師さんの話をしたり、翌日の手術の流れを説明したり、前回は入院当日も会えなかったから、面会時間が延びて良かったねってなった。

夜は手術前日の緊張もありつつ、暑くて中々寝付けなかった。見回りに来た看護師さんに相談したら、窓を開けてくれてアイスノンも用意してくれて、何とか眠った日だった。

 

2025/01/28手術当日

前回と違うのは、手術前日22時以降にOS-1を3本飲まないこと。 今回は入れ替えだけだから?にしても全身麻酔での手術なんだけどなと思いつつ、看護師さんもわかってない感じで、「形成外科の手術は飲まないんです」とのことだった。

手術の順番も前回1番目だったけど、2番目になった。開始時間10:30予定が前後する可能性がありますと言われていたので、夫には早めに来てもらった。前回は手術当日の朝に験担ぎのかつ丼を食べていたけど、今回は前日の夕飯に食べた夫が、やっぱりすごく心配そうにやってきた。

手術が予定通り10:30から始まるとのことで、手術着と着圧ソックスに着替えて、夫も一緒に歩いて手術室へ向かった。夫がものすごく心配してるって話したから、看護師さんがぎりぎりまで一緒にいられるように気を利かせてくれたっぽい。手術室の前で夫と看護師さんと別れて、手術室の看護師さんの案内で手術室の一つ手前の部屋で、名前や手術箇所の確認をして、手術室へ。

自分で手術台の上に寝た。今回は、ティッシュ・エキスパンダーからインプラント(シリコン)への入れ替えのため、手術中に上半身を起こした状態にして、インプラントを入れる左胸の位置を確認するらしく、上半身を起こされて、その状態がずれないように足を止める箇所を調整する。

エヴァセントラルドグマ(だったっけ?)の十字架に磔にされていたリリスみたいな格好になった。下半身はあるんだけど…。

足を止める箇所を最大の位置にしてもらったが、163センチの自分でもぎりぎりだった。足が長い人はキツいと思うんだけど、どうしているんだろうか?とどうでもいいことを考えているうちに、調整がおわったので、心電図や血圧計がつけられ、点滴が始まる。また麻酔を入れるのは痛いんだろうなと思っていたら、前回よりも全然痛くなくて、拍子抜けしている間に意識をなくし、名前を呼ばれて目を開けたら終わっていた。

手術は少し長めの2時間くらいかかっていた。

前日の説明で、起きてから抜きますと言われていたのだが、気管に入れられていた管がするっと抜かれた。特に咳きこむこともなく、こんな簡単に抜けるのかと思った。

ストレッチャーに乗せられ、手術室を出ると夫が形成外科の主治医から説明を受けていた。看護師さんが気を利かせて、呼んでくれたらしい。

が、前回そんなことされなかったので、何かあったのかと夫がびっくりしたらしい。私もびっくりした。

むしろ前回の方が手術時間も長かったし、左胸の中身全部取っているし、リンパ節への転移がなかったこととか説明してあげて欲しかった。

自分の病室へ戻り、ベッドに横になったが、枕もないフラットな状態がツラくて、看護師さんに頭を少しだけでいいから上げて欲しいとお願いした。本当はフラットの方が良いんですよと諭されたが、ほんの少しでいいからと再度お願いして、ベッドに角度をつけてもらった。

前回と同じく、術後すぐから何の問題もなく喋れるし、意識もしっかりしているし、喉は渇いていた。

手術から3時間後につけていた酸素マスクを外して、水を飲んでも問題なかったので、歩行訓練しましょうとなった。

前回は手術箇所が痛くて、夜までまってもらったが、今回はなんとすぐに起き上がり(電動ベッドだから、上半身起こすのが楽だった)、立って歩くのも問題なかった。ベッドの上でカテーテルを抜いてもらい、トイレに行くのも問題ないか確認した。

なんだかすごい勢いで手術前の状態に戻っていく。この日は夕飯も普通に食べてよくて、むしろ看護師さんに食べられなかったら無理しないように言われたが、完食してしまった。

確かに痛みはあるけれど、手術したんだよな…とあまり実感がわかず、だるくなった左肩と胸帯で固定された胸を確認した。